懐かしい夢を見た
まだ 集落の外れに暮らしていた頃の夢だ
弟は不思議そうに 俺の顔を見上げていた
長老は全てを押し殺して 弟を抱き上げた

そして すべてを 脳裏に焼き付けて 「俺」は時を止めた

アカアカと 全てが彩られた世界が 「僕」の始まり

12.笑うより、泣くほうが楽だろう


ひんやりとした手が頬に触れた
目を開けて気付く ああそうか 寝ていたんだ
あれは夢だったんだと
焚き火に照らされているのは 金色の髪の青年
優しい眼で こちらを見ていた

「うなされていたよ」
「…うん」
「まだ夢に見るんだね」
「うん…」
「落ち着いた?ティウ」

ありがとう と母親のように髪を梳いていた青年に言う
目元は優しいままに また睡眠の続きをとるよう促された
ちらりと焚き火の反対側を見れば ちゃんともう一人居たのが見えて安心した
黒髪の彼は 寡黙なままにこちらを見ていた
その黒からちらりと覗く蒼い眼と 視線がかちあう

「寝ていろ」
「…うん」

二人が居たからこそ 今の「僕」がいる
それだけは 確かな事実

「気配は無い 休めるうちに休んでおけ お前はまだ人なのだから」

返事が出来ないまま 意識が落ちた



すやすやと寝息が聞こえる
先ほどまで悪夢のような過去を 夢という形で思い出した彼
一度目が覚めたという事で 今では安堵して寝ているのだろう
健やかな 寝顔
目の前で寝ているのは 十代前後の少年 ― ティウ ― だ
銀色の髪が 焚き火に照らされる

「ファザ」
「何だ エルハス」

向かいに腰を下ろしている青年 ― ファザ― に 声をかけた
黒い髪は東国の者を思い起こさせるが その眼は空の様に蒼い
暗がりでよくわからないが 縛った髪を後ろに流している

「彼女は 来ると思う?」

ぞんざいな質問を投げかける
長年の付き合いをしている彼だ どこか意を汲み取ってくれるだろう
カランと軽い音を立てて 焚き火へ木を投げ入れる
火の粉が舞い上がり 消えた

「ティウはアイツの為に生きている  アイツもまた同じ事だ
 己の存在意義を平然と否定 拒絶 排除出来るほど 狂っていない」
「そうだねぇ」
「そうだろう それは 今も昔も変わらん筈だ」
「懐かしい」
「懐かしがるものではないだろう?」
「そうかい?私は懐かしいと思うよ」

過去を思い起こす そういった人間らしい出来事を
幼い頃から 思い出せる全ての事を 順序立てて
そういえば 親の顔はどんな顔だっただろうか?
愛した人の顔は?
生まれた子の顔は?
その時見せた私の顔は?
それすら忘れて その事実を自身で突きつけた

これが 私の事実なのだ

思った以上に 忘れている事が多くて 歯痒い
それを見透かしたのか ファザが 小さく息を吐いた
澄んだ色の蒼が 少し曇った

「ごめん 一人で感傷に浸って」
「構わん」
「何となく 本当に何となくなんだけど」
「どうした?」
「ティウが 似てるなって思った」
「…お前の嫁にか?」
「なんとなく」

嘆息 乾いた音 爆ぜる火の粉

「いいじゃないか それで」
「へ?」
「似ているならそれで」

それで いいじゃないか
ファザはそう続けた
思っていたものとは 違う言葉だった
健やかな寝息が聞こえる
思い出したように爆ぜる火の粉が 舞い上がって消える
夜が 更けていく

「ファザは そういった事がないのか?」

聞けば大抵の事は答えてくれる彼
それでも 正直に言えば付き合いは長いけれど 知らないことも多かった
主であるティウは 今は寝ている
己らの出自云々に関して あまり知ってほしくは無いのが本音
少し 咎めるような目をして ファザはこちらを見た

「片割れはいた 俺は そういったのに興味関心が無かった」
「…片割れ?」
「お前も何度か会った事があるだろう? 俺の代わりに 何度か来ている」
「……え?あ え?!」

記憶を頼りにファザとは違うその片割れを探る
そういえば 数回 彼とは違う人が来た気がする
肯定するかのように ファザが口を開いた

「俺は眼が青い アイツは玄(クロ)だ」

そうだそうだ その片割れの彼は眼の色が違った
服装も違ったから はじめて会った時はイメチェンかと思ったぐらいだ
今思えば 纏っている雰囲気も 物腰も違ってたのに…

「ティウは 気付いた アイツからそう聞いた」

毎回毎回 ちゃんと違いに気付いたのは主であるこの少年だ
それを告げる片割れの顔は どこか安堵しているようなものだった
その少年を いつからか護らなければと思うようになった
心境の変化に戸惑った まさか自分がそんな考えに至ると言う事実に
ただ それに関して 不思議と嫌悪感はなかった
昔なら たやすく切り落としていただろう

「ヒトの事は気付くくせに ティウは 己の事になると恐ろしいほど押し殺す」

すやすやと寝息を立てている少年は 全てを背負い込むつもりだろう
あの時の 契約時の眼差しは まさしくソレを示していた
久しく見ていない そんな眼差しに惹かれたのも おそらく事実
だからこうして 契約後も 共に行動しているんだろうと思う

「ほっとけないもの この子は」
「そうだな」
「きっと どうにもならない事態になったら… たやすく死を選ぶんだろうね」
「押し殺した結果が か」
「いや ホント 普通に」

彼はそういった所がある とエルハスは言う
付き合いからすれば 彼のほうが断然長い
ティウが生まれた時に 呼ばれたのが彼だ
それ以来 師であり 親であり 兄のような関係を築いてきたと聞く
今も続くその関係に いつの間にか己も含まれていた
本当に 長く生きていると何があるかわからない

「無理に 笑うことも無いのにね」
「そうだな」

全てを一人で背負うことも無いのに
その為に 自分達がいるのだ いい加減 甘えてもいいと思う

「"谷"が活発化しているのも 拍車をかけているんだろう」
「多分…ね ここ数年で昔みたいに元気になっちゃってるよね」
「道を作ってるのは間違いなくアイツだ」
「優秀な召喚師だからねぇ 厄介なのは間違いないよ でも」
「俺らには関係無いか」
「そうそう」

会話が聞こえていないっていうのは 随分と大きいことだ
さわさわと流れていく夜風が 色々なものを運んでくる
それらを聞き取れる人は 自分達の頃に比べて格段と減った
不穏なものを感じ取って 手が柄に触れた
エルハスが 眼を細める

「害は無いよ」
「どうだか」
「大丈夫 アレはまだ 目覚めてない」
「違う」
「え?」
「…二年前の事だ 言っていなかったな」
「どういうこと?」

「カンレイが啼いた
 持ち主が尋常でない程の 衝撃を受けた証だ」

それも精神的にだ
動かざる事実は 真実に勝るものがある
隠したところで対策が一つ消えることになる
それは命取り同然だ 得策ではないのなら 情報は共有するに限る
目の前の彼は エルハスは動揺を隠そうともせず些か表情を曇らせたが いつも通りに戻った
予想できないことでもなかったらしい

「…無い事でもない か」
「そういうことだ 厄介だな エルティアは」
「うん そう思うよ 我ながら」
「いくらか策を講じておくべきか? あまりティウに負担はかけられん」
「そうだね」

こうして時間を過ごすのも 今では珍しくは無い事になっている
主の負担をいかに軽くし 尚且つ 己らの力を遺憾なく発揮するか
本来の力を発揮し過ぎては主の負担にもなるし 他もろもろの影響が出る
そうしてしまえば 後からの呼び出しや説教が五月蝿い
長年の経験上…もとい 過去を振り返った際に呼び出し最多を競った間柄だ
眉間に皺を寄せて 反論すら許せぬ笑みを貼り付けて 逃げ場すら与えない状況
さらに圧迫感を与えてくる 多人数というのも辛い
それらを思い出して 同時にため息が出た

「任を解かれたと安堵していたってに…」
「まぁ仕方ないよ こういう状況だもの 最適なんだろうね」
「だからと言って"谷"の対策は次代に移ったはずだろう?」
「彼らはまだ 本来の力を発揮できてはいないんだよ」

だから 仕方ない事
そう言って苦笑するが ファザはどうも納得がいかないように眉を寄せる
仕方が無いのだ
次代といえど彼らはまだ人間だ アレの力を発揮させるには相当の負担がかかる
それを考慮すると… ファザが告げた事実が一番危険性が高い

「いいじゃない 僕らはまだ直接的関与が無いんだし」
「…そうも いかない気がする」

暫しの沈黙後 エルハスが口を開いた

「ティウが」
「ああ」
「ティウが 無理なく笑うならそれでいいよ」
「随分と答えが飛んだな」
「そういうものだよ 原点に 戻っただけ」
「そう…か そうだな 俺達はガーネアーだ」
「そう 召喚されし者は召喚した者の為に」

結論は最初から出ていた
ただ少し それを見失っていただけなのだ
人の世界という 挟まれた場所は こうも 移り変わる事が自然で目まぐるしい

「だから ティウが素直でいてくれればそれでいいんだ」


静かに 夜は更けていく
朝が 夜を喰らってその明るさを増していくのも 何度目だろうか
こうして 幾度目かの連鎖を越したある日 それは唐突だった


「啼いた」

肌を焼くような風が駆け抜けた
ざわりと体の奥が疼く 熱が駆け巡るように右腕に集まる
治りかけの傷を抉るかのような熱さで 一瞬顔を歪めた
視線の先には 小さめながらもその存在を誇示している神殿がある
神殿自体が 結界と境界の役割を果たしているにも拘らず その近辺は歪んでいた
ユガみがヒズみを呼び やがて亀裂を生み出す

「ティウ 先に行ってる」

そう言うファザの手には 大振りの鎌
重量があるであろうそれを 軽々と片手に持ち 涼しげに言う

「ファザ 啼いた…って?」
「カンレイだ 多分 アイツも来る」
「…ウィザ 来るんだ」
「これほど綺麗に歪んでるんだもの 来ない方がおかしいよ」
「そう…だよね」

その表情は 口元を無理やりにでも笑みへと持ってきている
泣いてもいい 喚いてもいい
それほどの事だ 笑うより…―

「ティウ」
「なに?エルハス」
「笑うより、泣くほうが楽だろう?」

彼は、泣きそうな顔で はっきりと言うのだ

「僕が選んだ道だから」



空に亀裂がはしったのを目にした後 彼は本来の姿へと封を解いた



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背景元絵↓
左上:ファザ/左下:エルハス/右:ティウ