その人は、強かった。
強くなりたくて、最低限でも自分の身を守れるぐらいには力が欲しかった。
だから、探しに探して…ようやく出会えた「師匠」は容赦無かった。
それまでの自分にしてみればそれは果ての無い道のりだった。
その道のりを超えて、本当にボロボロになりながらたどり着いた。
集落の人達も随分驚いていたし、そこへちゃんと着けたという事実に自分が驚いた。
珍しいだのよく来ただのと歓迎はされた。
ただ、「師匠」だけは容赦なかった。
「暇人か、お前は」
初対面の開口一番がそれだった。
貴方を探してたんです、と言ったら―
「私を探してなんになる」
一蹴された。
でも、どうしても、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「一年、貴方の傍にいさせてください」
「傍に居てなんになる」
「僕は強くなりたい」
「他を当たれ、小僧」
「嫌です」
「なれば追い出すまでだ」
いきなり実力行使に出てこられたのも、絶対忘れない。
それで半生半死になったのも忘れない。
集落の人たちが助けてくれたのも、忘れない。
何度も何度もそうなりながらも、頼み込んだ結果―
「わかった」
「え?」
「一年だけ、鍛える」
そうやって、ようやく承諾された。
承諾された後も、生きるか死ぬかの紙一重な日々だった。
それでも、約束があったから、目的があったから。
死んだほうがましなのかもしれない日々を乗り越えられた。
一年がもうすぐ終わりそうな頃。
澄み渡った夜空にぽっかりと月が浮かんでいた。
いつものようにボロボロになりながら、それを眺めていた。
清流に足を突っ込んで、熱を取る。
そうしないと、明日はまともに動けなかった。
腕や、足、顔にも薬布が張られている。
その独特のにおいにも慣れた。
この集落は自分の住んでいた所とは全く違っていたけど、馴染めた。
薬の作り方とか、少しは習得出来たし、他にも色々と学べた。
「もう…一年か」
それはこの集落との別れを意味する。
思った以上に慣れ親しんでしまった。
そうなってしまえば、別れが辛くなるのはわかっていた筈だ。
ただ単に、居心地がよかった。
無くしたものが、ここにはあった。
それなりに仲良くなった同年代も出来たし、家族のような人達もいた。
もう、無くしてしまったものが。
「ルーフ」
呼ばれて振り返れば師匠が居た。
月明かりだけで、よく見えないが、手には何かを提げていた。
隣に来て、腰を下ろした。
靴が濡れるのも構わない風で、足を浸けた。
「師匠?」
「よくやった」
ぽかんとしたままの自分を他所に、師匠は軽く笑む。
そして数回、頭を撫でて、膝の上にそれを置いて帰っていった。
ズシリと重みを感じるそれは、二つあった。
月光にかざして、ようやくわかったそれ。
「ナイフ?」
小振りのそれは、手によく馴染んだ。
重いのに、握ってみるとさほど重さを感じなかった。
相当なものだ、というのはなんとなくわかった。
次の日、師匠とは会えなかった。
集落の人たちは口を揃えて「認められたねえ」と言う。
なんでも師匠が昔愛用していたものらしい。
「受け継がれていくのさ。そうやって、人は歴史の中に溶けていく」
集落の長老が口にする。
「ほれ、知っておるかい?かの八柱神だって元は人なのだよ」
長老はそう言って、皺だらけの顔を綻ばせた。
ただそれだけの事だったのに、目頭が熱くなった。
「師匠」
集落の外れにある、師匠の庵へ向かった。
ここを離れる前にどうしても、師匠に会いたかった。
会って、ここへ来た時のように、あっさりと突き飛ばして欲しかった。
その方が、楽だから。
離れるタイミングが、わからなかったから。
「師匠、師匠…師匠……ししょう」
何度呼んでもその扉は開かなかった。
庵の中に居るのはわかっているのに、開かなかった。
何となく「甘えるな」と言っているようで。
腰にある二振りのナイフを渡した時が、別れだったんだろう。
だから、それ以降、一切師匠には会っていない。
会いたかった。別れの際ぐらい、言葉を交わしたかった。
「師匠、ありがとうございます」
そう言って、ようやく踏ん切りがついた。
庵と反対方向へ向かおうとした矢先―
「生きていればまた会える」
足が止まった。止まって、止まって…視界が滲んだ。
「そう簡単には死にません」
扉の向こうではきっと、師匠はどこか満足そうに頷いたはずだ。
そう思って歩き出す。
ここでの日々は、そう易々と死んで手放せるものじゃない。
だから何があっても生きなきゃいけないんだ。
ナイフの柄に手を沿わせば、しっくりとくる感触。
約束の時は迫っていると、何かが告げた。
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日記に載せてたやつ。
ルーフのお師匠さんは半端ないお方です。
長老の台詞が意外に気に入ってます。