01 // 着信音ひとつに


同じ寮にいて、二階分しか変わらない。それでも、メールをしてしまう。
普通に部屋へ遊びに行ったりするのに。
なのに、それ以上に緊張する。たった一通のメール。
メールをしようかどうか迷っていたら、突然ケータイが鳴った。
驚いて手にしたケータイを落としかける。

「メール 一件」

画面に表示されている文字。
迷っていた事もあり、誰から来たのか見ていなかった。
犬飼かな、と思いつつ受信フォルダを開く。

『(non title)』

表示された件名。犬飼は必ず件名をいれる奴だから、違う。
違うんなら誰だろう。乾・坂井・村上…それとも山木か?

『(From 戌塚志乃弥)』

滅多にメールをしてこない戌塚からだった。
何だ?とメールを開く。

『古典の教科書忘れてる』

短い内容。素っ気無くて、用件のみ。
そういえば、昨日、古典を教えてもらいに行ったっけ、と思い出す。
教科書をそのまま忘れて帰ったらしい。
休みの日でよかった、と安堵した。
逆に、少し残念だったような気もする。

『ごめん、今から取りに行く』

早く、取りに行った方がいいな、と思った。
戌塚だって予定があるだろうし…。
意外に早く返ってくる返事。

『いや、届けに行こう』

待て待て待て…。
ケータイを持ったまま固まってしまう。
戌塚が来る?
まぁ玄関先止まりだろうけど…。

『いや、悪いから取りに行くって』

そうメールを打って送信しようとした時、玄関方向から聞こえるチャイムの音。
慌てて出れば、先ほどメールをくれた本人が立っている。

「……お、おはよう」
「おはよう、井川」

短いやり取り。
Tシャツにジャージというラフな格好で戌塚はいた。
視線を落とせば、届けにきてくれた古典の教科書が眼に入った。

「ごめん、わざわざ」
「別にいい、気にするな」
「上がっていかないか?茶ぐらい出すよ」

するりと出た言葉に自分でも焦るのがわかる。
部屋、片付けてないってのに…。

「いや、新が部屋にいるからな」
「あ、泊まったのか。江川」

古典の小テストがあるから、というので勉強を教えてもらったのだ。
戌塚の部屋へ押しかけて。江川・犬飼・俺で。
江川はそのまま戌塚の所へ泊まったらしい。

「また今度、ごちそうになろう」

教科書を受け取りながら、戌塚の言葉を聞いた。

「いっつも厄介になりっぱなしだしな、たまには…って事で来いよ」
「その時にはまたメールでもしよう」

そう言って戌塚は踵を返して部屋へと戻っていった。


メールの着信音を変えてみようか、と思ったある日曜の朝だった。



《井川総騎&戌塚志乃弥》





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