04 // ストラップ
珍しく全員を送り出して、ふと、視線を感じた。
「つさ?」
首から上は柔らかいながらも芯のある、手触りのいい毛が覆っている。
つさ―八挫―は、首から上だけが犬の形を取っている。
まるでそれはエジプト辺りの神のようであるが、あいにく服装は和服である。
白地にうっすらと灰色がかったものを基調として、襟と裾には黒い模様が入っている。
ちゃんと、尻尾もある。
八挫の尻尾を梳くのは志乃弥の仕事であり、趣味でもあった。
実家に犬が居る、と目元を少し和らげて話した彼女を思い出す。
その志乃弥を含めた八人を、巻き込んだ張本人は自身であり、跪かないように見失わないように支えてくれているのが、その八挫である。
無謀な事と一言で片付ける事もせず、支えてくれている。
「どうしたの?」
八人が無事に帰ってこれるように、出来うる限りのサポートはしている。
初めて会った頃に比べて、八人の腕は確実に上がっている。
政府へ、喧嘩を売る。
そう言った時の表情を、今でも覚えている。
仮想電子世界―デンノー―だからこそ、出来るのかもしれない。
現実では、力の差がハッキリとしてしているので、どうしようもならないが、デンノーは違う。
仮想世界というだけあって、己の技術と知識がモノをいうのだ。
その為の力をずっとつけてきた。
追尾が来ないように、居場所を切り離した。そこまで己の腕を磨いた。
そこまで準備して、あの八人を、呼んだ。
呼ぼうと思えばいつでも呼べた。でも、協力という点では、不安なものがあった。
勝算が極端に低ければ、力は借りれないと思った。
今は、こうして―
「大丈夫だろう、あの八人なら」
一定の距離を保っていた八挫が距離をつめてきた。
純和風で占められている部屋に、浮き上がる幾つもの画面が消されていく。
残ったのは、たったの一個。戦況を確認するためのものだ。
不利になれば、こちらから援護を行うための。
「根を詰め過ぎるな。無理をすれば、あちらにも響く」
「…わかってる」
デンノーに入り浸っているもの、殆ど現実に戻る必要が無いから。
戻った所で何も変わりはしないのだ。むしろ都合が悪い。
だから、身体的な危機が無い限り、こうしてデンノーへ入り浸っている。
そんな自分とは違い、八挫は定期的に現実世界へと戻った後に再びここへ来る。
仕事か、それとも報告か、聞こうとは思ったことがあるが、聞いてはいない。
ふと、視界の隅にケータイが入る。
一呼吸分、時間が止まったかのような錯覚に陥る。
記憶を掘り返し、結論に至るまで珍しく時間がかかったように思う。
「総騎がケータイ忘れてるー!!!!」
叫びに近い声を上げ、現在繰り広げられている戦況を確認する。
リアルタイムで伝わったのか、はたまた偶然か、ケータイの持ち主である井川が固まっている。
パートナーである戌塚が肩を落した。
珍しく八人全員が揃ってるため、手が足りると判断したのか、戌塚が二三指示を出した後、連絡が来る。
『適度に片付けたらそちらに帰る』
「了解…総騎に馬鹿って言っといて」
数拍の余白の後に、戌塚が了承した。
連絡を切り、帰還の為の準備にとりかかる。
八人の現在地捕捉からかかり、デンノーからの切り離しおよび、痕跡の抹消まで。
慣れたと言えば慣れたが、手を抜く事は即ち、相手にこの場所を教えることに繋がる。
ようやく確立させたこの隠れ家をそう簡単に教えたくは無い。
八挫もサポートに入り、思ったよりも早く、通路の確保が出来た。
「…変わったものだな」
忘れ去られたケータイを見ながら、八挫が呟く。
その視線はケータイというよりも、括りつけられているストラップに注がれている。
翡翠色の管玉のようなものがついている。その間に、瑠璃色の小さな勾玉。
古風と言えば、古風だが、井川がそれを付けている事にあまり違和感を覚えない。
井川総騎という人間はそんな雰囲気を持っていた。
管玉に勾玉。
古来からの装飾品は今なおその人気を燻らせてはいない。
「でも、総騎にしちゃあ…上等な」
「何か思い入れでもあるんだろう」
あまり探ってやるな。
八挫が軽い動作でケータイを袖にしまう。
視界から消えた事に軽く不満を覚えるが、戌塚からの合図が来たので転送の準備にかかる。
先に二人を戻した後に、戦闘終了後、残りの六名をこちらへ転送する。
いつもなら必要限の人数なのだが、今回は全員でとした。
そのうちこの八人での戦闘もあるだろう、と。その練習でもあるのだ、今回の戦闘は。
人数が多い事も幸いして、思ったよりも早く終わりそうだ。
戦況は上々。前衛を犬飼・乾に絞り、間接的に江山と山木、坂井が援助している。
村上が時折大技で一掃している。今回はそちらに回ったか。
「姫!俺のケータイ!!」
バタバタとあわただしく部屋に入ってきたのは持ち主である井川総騎。
その後を戌塚が追う。
「次は忘れるなよ?総騎」
「八挫ー!ありがとー!!」
二つ折りのケータイに、あの古風なストラップが揺れる。
「変わったストラップだな」
「あ、これ?いいだろ〜始めてケータイ持った時からずっと付けてんだ」
「貰ったのか?」
「おう、父さんが。お前は危なっかしいからなって」
魔除けかお守りみたいなもんだ、と井川が言う。
装飾品だったと思うのだが…と言いかけた言葉を飲み込んだ。
何を思い、込めるかはそれぞれ違うだろう。
「忘れたら意味無いから今度は確認してね」
伏稀が嫌味を込めた声で井川に言う。
痛いところを付かれたように言葉に詰まる井川。
戦況の報告か、戌塚と伏稀が二人で話し始める。
所々井川も口を挟むところがあるらしく、三人での話し合いになっている。
そんな様子をみつつ、八挫は小さく息を吐いた。
―今度、伏稀に何か贈ろうか。
井川のストラップをみた時の伏稀の目が多少なりとも輝いていたように思えた。
次に現実世界に戻るのはいつだったかな、と日数計算をしながら八挫は三人の声に耳を傾けた。
《伏稀&八挫》
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