09 // ノイズに邪魔される

学校にあって、静寂が支配する一角。
分厚い部類に入る本を片手に、山木はそこにいた。
置かれているソファに深く腰を下ろして、ページを捲っている。
切り取られたかのような、そこ。
―保健室
それが、この教室の名前。
ベッドが置いてある場所には一箇所のみ、カーテン締められている。
この時間はまだ高校の全校集会の真っ最中である。
マナーモードにしているケータイがその存在を主張する。

『メール 1件』

サブディスプレイに表示された機械的な文字。
大よその予測がつくのか、山木が小さく息をはきながらメールを見る。

『From 大都蓮璃』
「…聞いとけ」

本人がいないのに、呟く。
知り合いかと問われれば、そうだと返し、どういう関係かと問われれば、答えなかった。
めんどくさい。
その一言に尽きる。

『志乃弥、大丈夫そう?』

戌塚志乃弥の事だ。
重度というか極度に入るのではないか、と思うほどの人酔いの持ち主。
移動時に会った時は、すでに顔色が悪かった。
一緒にいた井川・犬飼・江山・大都が保健室へ強制的に送り届けてきたのだ。
山木が保健室へ来たのは、その四人が出てくる時だった。

「まだ寝てる」
『そっかー…
 集会終わったらそっち行くわ』
「そうしろ」

メールが途切れて、再び読みかけのページへと目を向ける。
活字のみがその紙面を多い尽くしているような本だ。
静かなぶんだけ、はかどっていく。
半分ほど読み終わった程で、音がした。

「もういいか?」
「……山木か」

まだ多少顔色の悪い戌塚が姿を現せた。
額に手を当てながら、こちらに歩いてくる。
向かいにあるソファに腰を下ろし、大きく溜め息を付いた。
あまり他者に興味を示さない山木が、珍しく興味を持った一人である。
時折、一緒に居る戌塚を含めた七名もその対象だった。

「……なんでここにいるんだ?」
「保健委員」
「そうか。集会に出なくてもいいのか?」
「その辺は既に了承を得た」

軽く相槌を打って、再び戌塚が黙り込んだ。
まだ完全に治っていないようだ。
読みかけた本を閉じて、山木が尋ねる。

「寝ていればいい」
「いや、そう、心配もかけられない」
「……寝ろ」
「大丈夫だ。蓮璃にもそう伝えたんだろう?」
「わかっているなら、寝ていろ。俺がどやされる」
「そうそう」

急に増えた声に二人して訝しがる。
現在は、全校集会の真っ只中である。
保健委員と称する山木はほぼサボりであり、戌塚は一応病人である。
入り口に視線を移せば、笑顔でこちらを見ている一人の人物。
二人が知っている人物である。
山木よりは少々高めの位置で髪を括っている男子生徒。

「村上」
「お前も病人か」

嘆息するように山木が吐き出した。
飽きれているような、そんな口調である。
対する村上は、さも同然のように終始笑顔である。

「いや、普通に遅れただけ」
「お前の場合、わざと遅れたんだろ」
「やだなー山木。ちょーっと意図的に目覚ましを遅らせただけだって」
「それをわざとって言うんじゃないのか?村上」
「まぁそうだね」

ケロリとして村上が肯定する。
結局、全校集会に参加するのが面倒だっただけのようだ。
コの字型に配置されているソファーの空いている部分に腰を下ろす。
まだ顔色が優れていなかったのか、戌塚の顔を見て何故ここに居るのか察知したらしい。
緩慢な動作で、村上は膝の上に肘を乗せた。
その格好はやけに様になっていたように思える。

「この三人でゆっくり話してみたかったしね」
「それもそうだな」
「あぁまったく」

似た者同士、とはまた違う。
違うが、どこか似通っている部分が多いようにも思える。

「戌塚は、何で人酔い起こすの?」

村上が最初に口にした。
興味の在る部分でもある。山木が閉じた本を傍らに置いた。

「…邪魔される」

ポツリと戌塚が口にした。
何処を見るとも無く、心なしか遠い目をした戌塚はそう答えた。
人の多さに酔う。
それが人酔いではなかっただろうか、と山木が思考を巡らせる。

「邪魔って言うのは…」
「村上、からかっているのか?」
「…僕がわかっているとでも?」
「でなければ、ざわざわ人酔いについて尋ねんだろ」
「確認」
「何の?」
「山木にも覚えはあると思うんだけど…」

一呼吸の間。
まだ全校集会は続いているのか、静かな状況は崩れない。

「人が多いと、時折ノイズがかったような感覚ない?」

うっすらと笑みを浮かべて村上はそう尋ねた。
尋ねられて、眉をしかめる。
捕捉するように戌塚が口を開く。

「ケータイでも似たようなのがあるだろ、それだ」

ほぼ整備された現在では滅多に無いが、それでも時折ノイズはある。
通話中にノイズが邪魔するようなものか。
そう考えて、耳にしたあの騒音を思い出して顔をしかめた。
全ての音を無効化するかのような、そんな音。

「僕も、戌塚ほどじゃないけど、そんな感覚はあるよ」
「私の場合は視界だな」
「僕は耳」

そう言って村上は己の耳を指す。
その表情はあくまでも、微笑。
なるほど。

「俺は、思考だな。考え中に邪魔される」
「ほら、ね。ノイズ仲間」
「仲間…ねぇ」
「あながちハズレでもないでしょ?」

ケラケラと笑いながら村上は続ける。

「ケータイでもノイズ起きやすいんじゃない?」

思い起こして、肯定した。
通話中に起きるとよく相手に愚痴られたものだ。
その頻度は、他に比べて高かったように思う。
電波を拒絶するのか、それとも他の電波を受信しやすいのか、よくわからないままだった。
ケータイが可笑しいのか、体質なのかすらも。

「でもま、"他人"に邪魔されるのが一番かな?」

何らかの形で"他人"の影響を受けやすいんだろう。
それが村上の出した答えだった。
三人での近寄った部分は、ソレなのだろうと。
何となく、他人の事がわかる。
だから、それ相応の対応もしてきたし、態度にも表した。
その結果、親族一同から一目置かれてしまうようになってしまった。
同じ様に、妬み嫉みの対象にもなったが。
気にしていてはきりが無いので、放ってはいる。
ある程度の権力は、時と場合によって絶大なものを発揮する。
随分と、鍛えられたものだ。
あれほど嫌ったものが、今では自然とついて回るようになった事に自嘲する。

「権力なんてもんはいらんがな」
「でも、たまーに役に立つよ」
「それ以外は邪魔そのものだろう」

三者三様のため息。
ふと、ざわつきが生まれたのに気付く。
時計を見れば、全校集会が終わった時刻でも在る。

「あーぁ、終わっちゃったか」

残念そうに村上がソファーに体を投げ出す。
まだ話し足りなかったらしい。

「じゃあ私は教室に戻るかな」

ここにいると四人が駆け込んで来そうだ。
確かに、あの四人―井川・犬飼・江山・大都―なら駆けこんで来るだろう。
騒がしくなる前に、と考慮しての事らしいが。

「遅かった、か」

一瞬、何が?という面持ちの戌塚と村上が、理解した。
保健室の外からは数名の足音がしたのだ。
途切れたのは、教員でも鉢合わせたからだろう。

「また盛大なノイズが」
「あれぐらいならまだ可愛い」
「そうだな」

苦笑しながらも村上は楽しんでいるように思えた。
あれぐらいの可愛さならまだ楽しめる方だろう。
何となく、戌塚、村上と目で合図を送り、備えた。

ケータイを邪魔するノイズに比べれば、まだ愛せる騒音達を待つ。



《山木道長&戌塚志乃弥&村上鹿屋》




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