むかし、まだ幼かったころ。
 同い年くらいの子どもたちは、いつも私をのけものにした。

 「お前は火の精じゃない」
 「お前なんか、火の精じゃない」


 「だってお前の髪は、つめたいこおりの色じゃないか」


 むかし、まだ、幼かったころ。
 私はひとりぼっちで、誰にも何も言えなかった。
 傍にいてとも、いてほしいとも。かなしいとも。くるしいとも。

 ながす涙すら、火照った頬には冷たくて、私はなんども絶望した。















「あれは…?」


 薄闇の中で発したそれは、なかば独り言だった。
 この季節、夜は冷え込み、第一今は女人が出歩いて良い時間ではない。
 しかし、火熊には不思議な確信があった。
 ひょいと覗き込んだ。人物そのものをではなく、その人物が見ていたものを。


 火乃華は池の淵にしゃがみこみ、じっと水面を見つめていた。
 闇さえ映らない、くらい水面を。

「何をしているんだ?」

 そこに突然火熊が映ったので、火乃華は驚いて、危うく池に落ちそうになった。


「っ?!」
「危ないぞ、と言おうとしたんだが…すこし遅かったな」
「……、」
「大丈夫か?」

 軽々と引き寄せられ、火乃華は奇妙なきもちだった。
 自分を助けたその腕には、夜の闇にぼんやり浮かぶ、白い包帯が巻かれている。

「御方さま、お怪我が…!」
「このくらいなら、大した事は無い」
「いけません」

 抱えあげられた腕からひょいと解放された火乃華は、包帯の巻かれた腕をまじまじと検分した。

「何ともないぞ?」
「……御方さま。どうぞ、御身大事になされませ。でなければ、私どもは気が休まりません」
「すまんな。わしはどうも、自分のことには疎いんだ」

 火乃華はそっとため息をついた。

「名は……火乃華、だったな」
「はい」
「気が休まらないと言ったな」
「御方さま…?」
「お前がこんな夜更けに、ここにいたのは、わしのせいか?」

 火乃華はすぐ傍にたつ巨体を見上げる。
 火熊はとにかく大きい。からだも、こころも。
 問いかけの声に、責めの色は見えなかった。火乃華はふるふると首を振る。

「…いいえ。いいえ、違います。御方さまに何の責がありましょう」
「火乃華」
「誰のせいでもないのです。何でも、ないのです」



 今もまだ、聞こえるのだ。
 あれは幼いころの話なのに。
 こんな、つめたい夜には特に。


  『 お前なんか、 』







「…。火乃華」
「はい」
「お前は嘘が下手だ。わしが見破れるくらいだから、折り紙つきだ」
「……」
「先刻のお前は、今にも泣きそうな顔をしていた」

 火熊は梳き下した火乃華の頭を撫でた。
 火熊にとってそれは、犬神や孔雀に対していつもしている日常行為だ。
 しかし、火乃華は違った。

 頭を撫でてもらった記憶など、火乃華は持っていなかった。



「…………声、が」

 ひとりぼっちで、ずっと誰にも何も言えなかった。
 だから、一度、声を出せば、後はもう止まらなかった。

「声が聞こえるんです。いつまでもずっと。
 私は成長しているはずなのに、幼いころに聞いた声が耳から離れません。
 私は時間を泳いでここまで来たはずなのに、その声はずっとまとわり着いてくる。
 お前は……こおりの色をしたお前など、火の精ではないと…、誰もが口をそろえて………」


 涙もやはり、止めることは叶わなかった。



「よしよし、怖かったな」

 泣き出した幼児に父がそうするように、火熊はそっと火乃華を抱いた。
 しゃくりあげる背をさすり、また、頭をなでた。
 火熊は火乃華が落ち着きを取り戻すまで、ずっとそうしていた。



「火乃華」

 火熊は池の淵に腰を下した。
 膝の上に乗せた火乃華は泣きつかれたせいか、何も言わない。
 こんなところを王亀にでも見られたら大変だと火熊はちらりと思った。

「わしはお前の髪、きれいだと思ったぞ」
「………」
「だからもう泣くな」


 目を瞠っていた火乃華は、やがてこくりと小さく頷いた。



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火乃華の詳細決めるに当たっての経緯から。
速攻で書き上げてくれた火月に愛。
眠気を吹っ飛ばすようなモノを頂きましたよ。
ふははははッ!!(壊)

もげ仲間は常時募集しとります(爆)


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