ある種それは、踊りに似ていた。 舞うごとに、その髪がなびくごと。 不覚にも酷く綺麗に見えた。 始めに見たのは戦場だったと、記憶している。 元々、あまり他者へ興味の無かった自分が、珍しく、興味を示した。 示したというよりそれは、惹かれた、という方が正しいのかもしれない。 彼女は敵だった。 『 私
と ワ ル ツ を 』
しかし、彼女の舞に合わせる様にして飛んでいるソレらに、敵味方関係無かった。 目を見張るような鮮やかな紅が、舞っていた。 濃紺に薄い桃色の髪がなびく毎に、それは舞い散っていた。 彼女の舞いが終われば、そこにあるのは、仲間だった者と、敵だった者。 動く者は、いなかった。 動かない表情は、良く出来た人形のように思えた。 確実に生を奪い行くその太刀捌きは、機械のようにも思えた。 彼女の周りを紅く染め上げたそれが、彼女の舞台でも、あった。 始めて会ったのは、城の自室だった。 音も無く、空気すら揺るがす事無く入り込んできた彼女は、いつか見たその目でこちらを見ていた。 殺す事しか知らない人形。 改めて対面して、そう思わされた。 月夜に紛れ込んでいるようで、自身の存在を主張している。 そこに戸惑いや躊躇いは無かった。 彼女と対面した時に思い浮かんだのは、あの時見た紅い舞台。 ここで彼女が舞えば、自分はその舞台となるのだろう。 腕を切り落とされ、足を取られ、紅い血を振りまく。 そこには苦痛すら無い様に思った。 『一応聞いておこう』 自分から、声をかけた。 彼女は一言も発しなかった。 その纏っている雰囲気すら、揺るがすことは無かった。 剣に手をかけてはいない。 かけてはいないが、いつでも抜けるようにはしているのだろう。 夜半刻だ。 何かあれば、誰かが駆けつけてくるだろう。 しかし、その間に彼女は確実に自分を殺すだろう。 一太刀で。 『私を、殺しに来たのか』 それは、今更聞くには可笑しい内容でもあっただろう。 眉ひとつ動かさず、彼女は剣を抜いた。 二本ある剣は一本しか抜かなかった。 感情の無い目が、こちらを捕らえて離さなかった。 最善の方法は、生き延びる事。 最悪の結果は、殺される事。 それも、こちらの数少ない兵力を削がれた上で、だ。 『暗殺者が出向くとは、私もそれなりに注目されているということか』 彼女が床を蹴った。 軽い、音が聞こえた瞬間、彼女の整った顔が目の前に合った。 予想以上の速度に一瞬戸惑った。 それを見逃さずに彼女が構えた剣を突いてきた。 胴体。 何処を突いても致命傷になりうるだけの傷が期待できる。 その上、他の部分に比べて広いので、狙いやすい。 下がると同時に半身を回転させ、かろうじてその一撃をやり過ごす。 最低限の音を立てて彼女が、一定の距離を取った。 立ち位置が先程の一撃で完全に入れ替わった。 ちりり、と小さいが、鋭い痛みが走った。 かわしたと思ったそれは、薄く横腹を掠めていた。 応戦するしかないのか、と覚悟を決めようとして、剣に手を伸ばした。 『名を、聞いてもいいか』 何故、こんな事を尋ねたのかすらわからない。 言い訳は、今ならいくらでも出来るが、その当時は本当にわからなかった。 彼女が反応を示す間に、剣を抜いた。 『私は天神。殺す相手は。私でいいのだな』 ここまで来て、違うという返事は無いだろう。 最終確認でもある。 名乗りが終わった後で、彼女がもう一本の剣を抜いた。 二刀流。 始めて彼女を見た時に、それを存分に披露していた。 微かだが、目に感情が宿ったように、見て取れた。 『みずき』 ぽつりと呟かれたそれが、彼女の名前だと理解するのに多少時間がかかった。 名乗られた名に、覚えがあった。 ニニギを裏切り、こちらについた六神獣からだ。 水貴は、竜王と対となる存在だ。 暗殺者としての腕は確かなもので、戦闘能力も高い。 その彼女が、今、自分を殺すためにここにいる。 『興味があった』 それほど広くは無い部屋での攻防戦が続いた。 彼女―水貴―の一撃一撃は傍から見ていたものに比べて重かった。 まともにやりあうものじゃあ無いな、とどこか他人事のように考えながら防いでいた。 殆ど、防戦だった。 床が軽く軋む。 視界から水貴が消えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。 虫の予感、というものだろう。 反射的に剣で右側面を庇い、左へ飛んだ。 金属同士がぶつかった、甲高い、耳障りな音が辺りを浸食した。 飛んだ勢いを殺すまもなく、壁に激突した。 息が出来ないほどに圧迫されたが、生死のかかった場面でそんな事に構ってはいられなかった。 自身が持てる最大限の反応で、追撃に備えた。 『つよいんだ…』 耳元で声がしたと判別したが、反応は遅れた。 頭に衝撃を食らい、床へ勢い良く撥ねた。 その拍子に、手にしていた剣を手放した。 闇に慣れたと言っても、水貴に比べれば見えないに等しいであろう、目で彼女を見た。 蹴られたのだろう。 その部分が熱を持って、ジンジンと痛む。 目が、霞んで見えた。 月明かりに照らされた個所へと歩んでくる水貴が、わかった。 両の手には、鋭く光る物を、しっかりと握っている。 中々体を起こせない上に、今更になって体中が痛みを訴え始めた。 あちらこちらから痛みが伝わる。 何より、右腕からが強かった。 剣で防いだ筈の一撃を、受けていた。 どくどくと血の巡りが嫌なほどわかり、それと比例するように生暖かい少々粘着質な液体が腕を伝う。 ―斬られた。 素直にそう思い、無意識に左手で傷口を抑えた。 顔を上げれば、月の光を冷たく反射している刃が目の前に構えられていた。 『…てんじん?』 予想外の、疑問系で、呼ばれた。 目の前に構えられた刃に注意をしつつ、視線を彼女の顔へと向けた。 変わらない表情で、こちらを見下ろしている。 『あがかないひとは、はじめて』 死と直面した、以前自分が殺した者達と比較してのことだろうか。 言葉を発そうとした。だが、何を言っていいのかがわからなかった。 ただ、何となく分かるのは、彼女―水貴―に興味を持たれたという事。 『珍しいか?』 問いかけに水貴は素直に頷いた。 自然と切っ先が下がってた。 それまで、殺そうとしていた、殺す事しか知らなかった彼女が、興味を持った。 まるで違う人間だった。 他者に興味を持つとこれほど変わるのだろうか。 『てんじん、どうして、たたかうの?』 いつの間にか、彼女の顔が間近にあった。 『アグニ様のため―というのが大義名分だ』 『わたしは、ににぎさまがころせって、いうから』 『正直、私には何故戦わなければならないのか、わからない』 『どうして?』 『では水貴、この戦いが終わったら…お前はどうするんだ?』 今まで考えた事が無いように、彼女はきょとんとしていた。 『私達火の一族は、すでに高天原へは帰れない。ジパングで、生きていくしか選択肢は無い』 そう言い、立ちあがった。 つられるように、彼女も立ちあがる。 癖なのだろうか、すぐに剣は鞘に収められていた。 黙ったまま彼女が最初には言ってきた場所、窓際まで引っ張って行く。 腕からの血は、止まる事を知らなかった。 数歩。ほんの数歩歩いただけで、軽く眩暈がした。 思った以上に傷が深いのだろう。 手当てよりも、先にしなくてはならない。 『てんじん、どうしたの?』 『早く帰れ』 血の滴る右手で彼女を軽く押した。 紅に染まりかけた手に触れた個所が、変色する。 そのまま帰るよりは、多少、言い訳がきくだろうと、敵なのにその身を案じた。 『誰か来る。見つかれば…』 『わかった』 彼女はあっさりと承諾し、窓枠に足をかけた。 『水貴』 呼ばれた彼女が、始めとは違う表情で、こちらを見た。 『お前が剣を振る姿は…剣舞は、きれいだな』 その後、彼女は再び闇へと帰った。 確認した後に、一呼吸置いて再度、自分が歩いた個所を見やる。 月明かりのお陰で、部屋の半分程度は見渡せるほどになっていた。 床にこびり付いているのは、ほどんどが己の血だろう。 右半身の服は出血によって体に貼りつき、不快感を与える。 彼女が逃げた、というので緊張の糸が切れたのか、急に目の前がふらつき始めた。 たまらず、窓枠に腰掛ける。 それでもその浮遊感は抜けきらない。 体が冷たくなっていくのも、気のせいではないだろう。 誰が部屋に入ってきたのかすら、わからなくなっていた。 気付けば医務室だった。 一日程度寝ていたらしい。数日間は安静と、念を押された。 その数日間も増血剤を飲まされるわ、部屋の様子を見られ何があったのかの問い詰めだった。 それが落ち着いた頃だった。 綺麗に片付けられた、あの乱闘が無かったかのような部屋で安静にしていた時。 来客が来た。 「いいか?」 来たのは、竜王だった。 拒む理由も無く、読んでいた本を閉じて招き入れた。 部屋の護衛も解け、近くには誰もいないのがよくわかった。 椅子を進めると、竜王は座った。 「水貴が来たそうだな」 「あぁ」 六神獣にもこれは知れ渡っている。 隠す必要すらない。 "裏切った"という後ろめたさが多少なりともあるが、彼らはそう気にしてはいないようだった。 水貴が来た、と告げた時もそうだった。 あぁ、あいつが来たのか、とそんな反応だった。 よく生きていたな、というのが多かったが。 「変わったか?」 「…何がだ」 「水貴が」 遠回しなのか、単刀直入なのか、竜王の問いかけは独特なものだ。 楽な姿勢で竜王はこちらを見据えている。 「興味を持たれた」 「それは良い事だな、その調子で頼む」 「何をだ」 自然と眉をひそめてしまう。 何故、竜王から頼まれなければならないのか。 「あいつは殺す事しか知らんからな」 「それは…」 「水貴という人格が出来あがった時、大半を構成していたのは"殺し"だ。 水貴自身の"世界"を作り上げたのも、樹里と砂羅、そしてニニギであり、本人じゃあ無い」 「それを言いに、わざわざ来たと言うのか」 「あぁ」 悪びれもせず、さも同然という風貌で竜王は肯定した。 今更、水貴について説明されたとしても、意図がわからない。 六神獣の中でも、この竜王が一番の食わせ者だろう。 だから、他の神獣を束ねられるのかもしれない。 「大好きな姉のため、ニニギ様のため、そうやってあいつは殺しをするのさ」 特に暗殺をな。 ぼんやりと、窓の外をみながら竜王は呟く。 ここ数日戦が無いためか、城内の雰囲気はいくらか和らいでいるようにも感じられる。 海に面したこの場所は、潮の香りがいつも鼻腔をついてくる。 それは恐らく、この戦が終わった後も変わらないだろう。 時折吹きこんでくる風が、一層濃い香りを運んでくる。 「お前が、水貴と一緒に舞ってくれれば一番なんだがな」 その言葉を理解しようと、外していた視線を竜王の方へ向けた時には、すでに姿がなかった。 入り口に、その後姿が微かに見えた、その程度だった。 「…任されたのか」 ポツリと呟いても、返して来る者は誰もいない。 不意にちくりと、斬られた右腕が痛んだ。 もう少し深ければ、再び剣を握られたかどうか際どい所だったらしい。 縫合され、回復をかけられて、ようやく抜糸されたのだ。 戦場に立てる確立が減れば、再び水貴と会う確立も減るだろう。 なんとしてもそれだけは避けたかった。 「今度、会った時にでも」 会うなんて平穏な雰囲気は、欠片も無いだろう。 それでも、口元が緩んでしまう。 「…なんて言うかな」 会うかどうかすらわからないのに、もう先のことを考えてしまう。 それも、自分の都合の良い様に。 こういう事は、始めてのような気もするが、どうだったか。 記憶は曖昧過ぎてあてにならなかった。 「どうか、私と―」 戦場で再び会えるのだろうと、意味も無い根拠を抱えていた。 ■良い言い訳なんて思いつきません。■ ヴァイオレンスな雰囲気が欠片もありません。 天神が別人過ぎて泣けてきます。 途中出てきた竜王さんは、うちの擬人化影響が九割ぐらい出てます。 和風に「私と舞いを」でもいいかーと書いてました。自己満足。 文中の水貴の台詞が全てひらがななのは仕様。 天神と一緒になってから段々と漢字使うようになってきてんだと勝手に思ってます。 ではでは、逃げてきます。 2006.01.08 |